「医系の人間学」の 評価法と評価基準
評価基準があいまいだという声に
・ 当科目は人文・社会科学系科目に属するため、さしあたり正誤が判然としている医学系専門科目のような〇×式の評価はできません。また、「唯一絶対の正解」をあらかじめ決定することはできないため、模範解答は存在しません。しかしこのことは、採点評価が不可能であるとか、いいかげんなものであり不当であるとか、ということを意味しません。
・ 当科目の評価基準を「あいまい」だと評する学生が一定数いることは承知していますが、経験的にいうと、その中にシラバスの評価基準の記載を読んでいない学生が少なくありません。シラバスを読んでいるにもかかわらず尚も「あいまい」だと主張する学生は、人文・社会科学系科目と医学系専門科目とで、学の性格や評価方法の違いがないものと考えているか、あるいは、もっと具体的かつ厳密な評価基準を提示せよという要求自体が非現実的で法外なのだということに気づいていないか、のどちらかと思われます。
・ 当科目が採用している評価基準は、人文・社会科学系科目や、入試の小論文の採点に際して国内外で広く用いられているものと変わるところがないと思われます。
・ シラバスには5項目の評価基準に加え、高得点要素・低得点要素が20項目以上にわたって詳細かつ具体的に記載されています。これ以上に明確で具体的な評価基準を公表している例は、管見のかぎり、少なくとも国内の大学にはそれほど多くないと思われます。→
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評価担当者
・ 「医系の人間学」企画・運営グループの10名の教員に、ほぼ同数の実際に授業を担当した教員を合わせ、約20名の教員が評価を分担したため、一部ないし特定の教員の評価によって成績が決定づけられるなどということは、仕組み上あり得ないことで、事実としてもありませんでした。
・ 知識伝達型の授業(1年次で年間6回、2年次は4回、3年次は3回)では、リアクションペーパーに書かれたことが授業の内容と合致しているかどうかの確認が重要であるため、授業担当者自身による評価が行われました。
・ 意見交換・熟議型の授業回のばあい、授業を担当した教員がリアクションペーパーの採点も担当するという決まりは設けませんでした。企画・運営グループの教員がリアクションペーパーの評価を担当する場合、どの回を分担するかの振り分けはランダムかつ均等に(半期につきおよそ4回ずつ)行われました。
・ 授業回を担当しなかった教員がリアクションペーパーの採点を担当する場合は、教材とした映像(にくわえて、ある場合は授業録画)を共有するようにしました。
評価はシラバスなどに明記した、視角の広さや論証の仕方などのポイントについて行われるため、たとえば誰かがどのような発言を行ったかのような授業進行上の事実は、評価にあたって関わりがありません。さらに、一学年全員のリアクションペーパーを通読すると、たとえ授業録画を見なくても、当日のおよその展開はわかってしまいますので、授業を担当していなくてもリアクションペーパーの採点は行うことが十分にできるわけです。
・ 1〜3年の分を合わせると、毎週A4サイズ500〜600ページのリアクションペーパーが提出されてきました。1〜2人の特定の教員がこれらすべてを読んで採点し、最終成績を決定する役を担うなど、まったく現実的でないことは、容易に想像いただけるはずです。
学生1人のリアクションペーパーを評価しながら読むには10〜20分の時間がかかります。前期にはのべ350人分のリアクションペーパーが毎週提出されたわけですので、休憩なしでも60〜120時間を要する計算になります。教員は「人間学」以外の授業やその準備、委員会や会議、研究活動、あるいは診療も行っているのですから、これは分担せずにやれる分量では到底ありません。リアクションペーパーに対して個別に赤ペンを入れてフィードバックをすることが現実的に著しく困難であったことも、ここから推測いただけるものと思います。
評価全般
・ 「医系の人間学」1A〜2B: 各授業のあとに提出するリアクションペーパーの評価(65%)と学期末レポートの評価(35%)により、半期ごとの評点を算出しました。評価担当にあたった者については上記の通りです。
・ 「医系の人間学」3A: クリニカル・エチュードの実技(3回)と各授業のあとに提出するリアクションペーパーの評価で評点がつけられました(詳細は下を参照)。1A・2A(15週)に比べて3Aは回数が少なく(12週)、しかも、7月初旬に通常の授業がおわるとただちに基礎医学系講座に配属しての研究実習が3〜4週間続くことから、レポート作成に取り組む時間的余裕がないとの判断で、期末レポートは課さないことは3月の時点で企画運営グループのあいだでの決定事項でした。また、このことは授業の中で説明いたしました。シラバスにまぎらわしい表現があったものの、この件についての質問・問い合わせはありませんでした。なお、シラバスと、GULMSでの記載や教室での説明との間に相違があるときには、後者が優先されることは周知のならわしでした。シラバスは教員の手では更新・修正することができずにいちいち事務部の手を煩わせる必要があるのに対して、GULMSは教員によって容易に更新することができる仕組みになっているからにほかなりません。
・ 3B〜3C: 各授業のあとに提出する課題レポート(医療の質と安全学領域)とリアクションペーパーの評価(100%)で評点を算出しました。
・ 授業中の発言やクリニカル・シアターの実技を評価の対象としないことは科目設計上当初からの決定事項でした。
・ 1回の試験や1本のレポートで評価をしないという方針から、本試験そのものがなく、したがって再試験もないという評価設計については、開講に先立ってシラバスに記載し、説明を行っていました。12回ないし15回のリアクションペーパーを10名以上の教員が分担・独立して評価する方式では、多角的な評価が可能である上、1回型の本試験よりも偶発的な評価になることを防ぐことができる(ヤマが当たる・外れることがなく、たとえ低評価の回が数回あったとしても他の回で挽回が可能)と考えました。
・ 評価の低いレポートやリアクションペーパーについては、当初評価にあたった教員とは別の複数(2〜4名)の教員による再評価を行い、そのうえで成績を確定しました。
2AB 3ABC におけるクリニカル・シアターの評価
・ クリニカル・シアターにおける実技は、当初のプログラム設計段階から、評価の対象に含めていませんでした。
・ 他の授業と同様に、評価の対象となるのはリアクションペーパーです。
・ リアクションペーパーの採点は、「医系の人間学」企画・運営グループの教員がランダムに分担しました。当日クリニカル・シアターでジョーカー(ファシリテーター)役を務めた教員、あるいは教室に臨席していた教員が必ず担当するということはありませんでした。また、シアターで役を演じていただいた俳優陣がリアクションペーパーの評価にあたるようには当初から設計しておらず、事実、その通りに運営いたしました。
3A におけるクリニカル・エチュードの評価
・ クリニカル・エチュードの評価は、@4分間の実技と、A自身及び他の学生のフィードバックタイムでのやりとりを主たる評価対象としていました。それに加え、Bリアクションペーパーもしっかり参照し、これらを合算して評点がつけられました。@Aの評価が低くても、Bにおいて自身の課題を振り返りながら質の高い考察を行っている場合、加点しました。
・ 医学科であって、俳優養成所ではありませんから、実技における演技の巧拙を評価の対象外とすることは当初の決定事項でした。
・ 評価のポイントは、目の前の患者や家族・同僚の語りに耳を傾け、相手の気持ちを引き出し、自分の言動を相手がどのように受け止めているのかを(相手の言表のみならず表情や仕草などを通して)推察した上で、必要に応じて軌道修正するなどして、そしてなにより医療者の価値観・医学的判断を一方的に押し付けないように留意して、関係性を構築しようと努めているかどうか、です。
こうした対人関係上のしなやかさは、専門的な医学的知識の多寡にかかわらず、医療者になろうとするかぎりにおいて常に求められるものです。医療者の見方や価値観を一方的に押しつけ、医療者側が敷いたトラックに無理矢理乗せようとするような姿勢が見られたときには低評価としました。このようなポイントは、2A以来のクリニカル・シアターの授業の中で幾度も繰り返し主題化され、強調されてきました。評価基準があいまいであるとか、伏せられていたということは断じてありません。
実技は、臨床現場でのやりとりと同様、あるいはOSCE同様、一回性のものです。時間の制約上、その場で何度もやり直していただくことができません。そこで、その不可避的な一回的性格が評価に過剰に影響しないようにするため、他の回のようすを他の教員に尋ねるなどしてその回の実技をある程度相対化する機会を設けたり、担当教員を順繰りにかえたり、多角的な評価を行うように努めました。クリニカル・エチュードの授業後には、当日参加した教員全員がミーティングをもち、情報共有、評価について意見交換を行いました。また、実技の録画を他の教員が見ることができるようにすることで透明性を確保し、評価の妥当性が(担当教員間で)点検・(単元を担当していない教員によって)検証されうる仕組みになっていました。
・ クリニカル・エチュードは3A 全12回のうち3回でした。その3回とも(上述のように)実技だけで評点が決定されることはありませんでしたし、万が一たとえ3回とも評価が低かったとしても、他の回の評価がよければ挽回できるという設計でした。したがって、「演技が下手だったら不合格」というのは事実に反しています。